【転職体験談】『自宅で最期まで』を支えたい。訪問リハで見つけたPTの新たな使命

『自宅で最期まで』を支えたい。訪問リハで見つけた理学療法士の新たな使命
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本記事は、回復期リハビリテーション病棟での勤務に限界を感じていた32歳の理学療法士が、利用者の「家で最期まで過ごしたい」という願いを支えるため、訪問リハビリの世界へ転職した体験談です 。病院との環境の違いに戸惑いながらも、多職種連携の重要性や生活に寄り添うリハビリの奥深さを学び、利用者の看取りを通して理学療法士としての新たな使命を見出すまでの軌跡を、具体的なエピソードと共に綴ります 。転職に悩む理学療法士の方々へ、キャリアを考える上での一つの視点を提供します。

注意点

本記事では、個人や施設の特定を避けるために創作を交えています。

目次

はじめに – 私が病院の“壁”の先に見出した光

「家に帰りたいんです」。そう涙ながらに訴える患者さんの言葉が、今でも耳に残っています。

私は木下美咲(仮名)、32歳。理学療法士として回復期リハビリテーション病棟で働き、多くの患者さんの在宅復帰を支援してきました 。

しかし、どれだけ懸命にリハビリを行っても、退院後の生活という高い壁に阻まれ、願いが叶わない現実を何度も目の当たりにしてきました 。

この体験談が、同じように悩む理学療法士の皆さんにとって、次の一歩を踏み出すきっかけになれば幸いです。

「家に帰れない」現実と理学療法士としての無力感

回復期病棟での私の主な役割は、患者さんの身体機能を取り戻し、自宅での生活に戻れるよう支援することでした 。

しかし、退院支援カンファレンスが開かれるたび、私は無力感に苛まれていました 。

例えば、脳梗塞の後遺症が残る80代の男性。彼は「自分の家で、妻と一緒に過ごしたい」と強く希望されていました 。病院内での歩行訓練も順調に進み、私たちは在宅復帰を信じていました。しかし、ご家族の介護力や、段差が多く手すりのないご自宅の環境が障壁となり、最終的には施設入所という選択をせざるを得ませんでした 。

カルテ上の機能評価は改善しても、その先の「生活」を支えきれない。病院という組織の中でできることの限界を痛感し、「本当のリハビリは、退院後の生活そのものの中にあるのではないか」という思いが、日ごとに強くなっていったのです 。

「生活を支えたい」 – 在宅医療に惹かれた理由

もどかしさを抱える中で、私の関心は自然と「在宅医療」や「訪問リハビリ」へと向かいました 。

週末には関連するセミナーへ足を運び、専門書を読み漁る日々 。そこには、病院の中では見えなかった、患者さんの生活に深く踏み込み、その人らしい暮らしを根本から支える理学療法士の姿がありました 。

「訓練」のためのリハビリではなく、「生活」のためのリハビリ。

これこそが、私が本当にやりたかったことではないか。その思いが、私の心を突き動かす大きな力となりました。患者さんが実際に生活する場で、その方の価値観や人生に寄り添いながら、専門性を発揮したい。その一心で、私は転職を決意しました 。

不安と期待の先に – 訪問リハビリへの第一歩

長年勤めた病院を離れ、全く未知の領域である訪問リハビリの世界へ飛び込むことは、大きな決断でした 。安定した環境、慣れ親しんだ同僚、そして確立された業務フロー。それらを手放すことへの不安は、決して小さくありませんでした。

安定を手放す決意と、未知の世界への好奇心

私が応募したのは、地域に根差した訪問看護ステーションに併設された訪問リハビリ部門でした 。

面接では、これまでの経験で感じてきた課題意識と、在宅医療にかける熱意を正直に伝えました 。一番の不安は、「たった一人で利用者さんのお宅に伺い、自分に何ができるのだろうか」という点でした 。

病院であれば、医師や看護師が常に近くにいて、すぐに相談できる環境があります。しかし、在宅では、その場での判断の多くが自分一人に委ねられます。その責任の重さに、正直怖さも感じました。しかし、それ以上に、病院の壁の外にある「本当の生活」の中に飛び込み、自分の目で見て、肌で感じてみたいという好奇心と期待が勝っていました 。

この挑戦が、私を理学療法士として、そして一人の人間として成長させてくれるに違いないと信じていました。

同行訪問で目の当たりにした「生活の中のリハビリ」

採用後、数週間は先輩スタッフとの同行訪問から始まりました 。この期間は、私にとって衝撃の連続でした。病院では当たり前だった平坦な廊下や広いリハビリ室は、どこにもありません。畳の部屋、狭い廊下、急な階段、そして生活用品で溢れた空間。そのすべてがリハビリの現場でした 。先輩は、利用者さんの身体機能を見るだけでなく、その方の生活歴や趣味、家族との関係性、そして何より「これからどう暮らしていきたいか」という思いを丁寧に聞き取っていました 。そして、ベッドからトイレまでの動線を確認し、調理がしやすいようにキッチンの配置を工夫するなど、一つひとつの動作を「生活」という文脈の中で捉え、具体的な解決策を提案していくのです。これは、私が病院で学んできた「訓練」とは全く異なるアプローチでした。「生活そのものをリハビリに変える」。その言葉の意味を、私はここで初めて本当の意味で理解したのです

訪問リハビリのリアル – 病院とは全く違う世界

いよいよ始まった単独での訪問。毎日が新たな発見と学びの連続でした。

病院という「管理された環境」から、利用者さんの「生の生活空間」へとフィールドが移ったことで、求められる知識やスキルも大きく変化しました。

初めての単独訪問で気づいた「無限の可能性」

初めて一人で担当することになったのは、脳梗塞後遺症で寝たきりに近い状態の高齢男性でした 。

緊張でドアホンの指が震えたのを覚えています。奥様に迎え入れられ、利用者さんと対面したとき、私はまず、病院での習慣で身体機能の評価から始めようとしました。

しかし、ふと、同行訪問での先輩の姿を思い出し、「〇〇さんは、昔どんなことをするのがお好きだったんですか?」と問いかけました。すると、それまでぼんやりとした表情だった利用者さんの目に、わずかに光が宿ったように見えました。奥様が「この人、昔は縁側で日向ぼっこしながら、お茶を飲むのが何よりの楽しみだったんですよ」と教えてくれました 。

その瞬間、私の目標がはっきりと決まりました。「もう一度、縁側で日向ぼっこを」。そのために必要なことは何か。ベッド上での関節可動域訓練だけでなく、起き上がるための介助方法をご家族に指導し、安全に座れる椅子を選定し、縁側までの動線を確保する 。

やるべきことは山積みでしたが、それは絶望的なものではなく、希望に満ちた課題でした。病院の機能訓練室では決して生まれなかったであろう、その人だけの目標。「生活」に寄り添うことで、私たちの仕事には無限の可能性があるのだと、心から実感した出来事でした 。

書類とツールを駆使する提案力 – 住宅改修と情報共有の実際

訪問リハビリでは、身体へのアプローチだけでなく、環境を整えるための専門的な提案も重要な業務となります。特に、福祉用具の選定や住宅改修のアドバイスは、利用者さんの安全と自立に直結します 。これには、介護保険制度などの知識が不可欠であり、ケアマネジャーと連携しながら、利用者に最適なプランを提示しなくてはなりません。

例えば、前述の「縁側で日向ぼっこ」という目標を叶えるため、私は玄関から縁側にかけて手すりを設置する住宅改修を提案しました。その際に作成した「住宅改修が必要な理由書」の一部が下記のようなイメージです。

項目内容
対象者△△様(85歳・男性)/ 脳梗塞後遺症による左片麻痺
現況の課題・屋内での移動は手引き歩行。独力での立位保持は困難。<br>・玄関から縁側までの約5mの動線上に支えがなく、転倒リスクが極めて高い。
本人の希望「縁側で日向ぼっこがしたい」という強い希望がある。
改修内容玄関框(かまち)から縁側までの壁面に、連続した横手すりを設置する。
改修による効果・手すりを使用することで、独力での伝い歩きが可能となり、安全に縁側まで移動できる。<br>・「日向ぼっこ」というQOL(生活の質)向上のための目標が達成できる。<br>・介護者である妻の介助負担が軽減される。

このような書類を作成し、多職種で共有することで、具体的で根拠のある支援へと繋げていきます。

初心者向け解説
  • ケアマネジャー(介護支援専門員): 介護を必要とする人が適切なサービスを受けられるように、ケアプラン(介護サービス計画書)の作成や、サービス事業者との連絡・調整を行う専門職です。在宅療養の司令塔のような存在です。
  • QOL(Quality of Life):「生活の質」と訳されます。単に生きているだけでなく、その人らしく、満足度の高い生活を送れているかを測る指標です。

「一人じゃない」と実感した多職種連携の力

在宅療養は、理学療法士一人で支えられるものでは決してありません。

医師、訪問看護師、ケアマネジャー、ヘルパーなど、様々な専門職がチームとなって一人の利用者さんを支えます 。この「多職種連携」こそが、在宅医療の要です 。

私の職場では、クラウド型の情報共有ツール(チャットツールなど)を導入しており、これが非常に強力な武器となっています。

  • リアルタイムな情報共有: 利用者さんの些細な変化(「今日は食欲がないようです」「足に少しむくみが見られます」など)をスマートフォンから即座にチーム全員に報告・相談できます 。
  • 記録の一元化: 各専門職の訪問記録や写真、動画などを時系列で確認できるため、利用者さんの状態変化をチーム全体で正確に把握できます。
  • コミュニケーションの円滑化: 電話では捕まりにくい医師やケアマネジャーとも、テキストで気軽に情報交換や相談ができます。

ある日、私が訪問した際に利用者さんの顔色が悪く、活気がないことに気づきました。すぐにツールで訪問看護師に報告したところ、「昨日から血圧が少し低いのが気になっていた」と返信があり、すぐさま看護師が臨時で訪問。脱水の兆候を発見し、医師に報告して迅速な対応に繋がったことがありました。

もし私一人が情報を抱え込んでいたら、対応が遅れていたかもしれません。「一人で訪問しているけれど、決して一人で仕事をしているわけではない」。このチームの存在が、私の大きな心の支えになっています 。

人生の最終章に寄り添う – 私が見つけた理学療法士の使命

訪問リハビリの仕事は、機能回復や生活支援だけにとどまりません。時には、人の人生の最期に立ち会うという、非常に尊く、そして重い役割を担うこともあります

機能回復のその先へ – 「看取り」が教えてくれたこと

私が長年担当していた、ある末期がんの利用者さん。彼もまた、「最期まで自分の家で過ごしたい」と願っていました 。

私の役割は、痛みを和らげるための安楽な姿勢の指導や、体力が落ちていく中で、少しでも楽に動けるような介助方法を家族に伝えることでした。もはや「機能回復」を目指すリハビリではありません。

残された時間を、その人らしく、穏やかに過ごすためのお手伝いです 。

訪問するたびに衰弱していく利用者さんの姿を見るのは、正直辛い時もありました。しかし、ご本人は穏やかで、「先生が来てくれると、安心するよ」といつも言ってくださいました。

そして、ある穏やかな春の日、彼はご家族に見守られながら、住み慣れた自宅で静かに息を引き取りました 。私もその場に呼んでいただき、最期に立ち会うことができました 。

ご家族から「先生がいてくれたおかげで、父は最期まで家で過ごすことができました。本当にありがとう」と涙ながらに感謝の言葉をいただいた時、私の胸には、悲しみと共に、理学療法士としての新たな使命感が込み上げてきました 。

「ありがとう」の言葉に宿る、私の新たな誇り

人の「死」に寄り添うことは、決して楽な経験ではありません。

しかし、その経験は、私に理学療法士という仕事の本当の価値を教えてくれました。私たちの仕事は、身体の機能を回復させることだけがすべてではない。一人の人間の人生に深く寄り添い、その人らしい生き方、そして最期を支えること。それこそが、訪問リハビリが担う大切な役割なのだと確信しました 。

あの日、利用者さんとご家族からいただいた「ありがとう」という言葉は、私の理学療法士人生における最高の勲章です。悲しみを乗り越え、今日もまた別の利用者さんのお宅へ向かう私の足取りは、以前よりも力強く、確かなものになっています 。

「『家で最期まで過ごしたい』そのシンプルな願いを叶えるお手伝いができる。こんなに尊い仕事はない 」。今、私は心からそう思っています。それが、私が見つけた理学療法士としての誇りです 。

転職を考えている理学療法士のあなたへ – 私の経験から伝えたいこと

もしあなたが今、かつての私のように病院での仕事に限界や疑問を感じ、キャリアに悩んでいるのなら、一度「訪問リハビリ」という選択肢を考えてみてはいかがでしょうか。

もちろん、決して楽な道ではありません。

  • 一人で判断を下す責任の重さ
  • 天候に左右される移動の負担
  • 多様な疾患や家庭環境に対応する幅広い知識
  • 制度の理解と、多職種と円滑に連携するためのコミュニケーション能力

など、病院とはまた違った厳しさがあります。しかし、それを補って余りあるほどの大きなやりがいと喜びがあることも、また事実です。

何よりも、利用者さんの「生活」という、人生そのものに最も近い場所で、自分の専門性を発揮できる喜びは、何物にも代えがたいものがあります。退院後の人生にまで深く関わり、その方のQOLを本質的に高めるお手伝いができる。そして時には、人生の最期というかけがえのない時間に寄り添うことができる。

この体験談が、あなたのキャリアを見つめ直すための一助となれば、これほど嬉しいことはありません。「その人の『暮らし』に寄り添うリハビリを 」。この言葉に少しでも心が動いたなら、あなたも在宅の現場で、新たな使命を見つけられるかもしれません。 ソース

『自宅で最期まで』を支えたい。訪問リハで見つけた理学療法士の新たな使命

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この記事を書いた人

理学療法士、医学博士│急性期病院、大学病院、大学教員、クリニック勤務歴あり│数回の転職やバイトで得た経験を元に、理学療法士が転職する道のりをサポートします!

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